PART1お口の健康と低栄養
要介護につながる低栄養に注意しよう
フレイルがキーワード
年をとって体や心の働き、社会的なつながりが弱くなった状態を「フレイル(虚弱)」といいます。このフレイルの主な要因が「低栄養(栄養不足)」です。
そのまま放置せず、適切に対処することで、健康な状態に回復できます。
加齢による変化
- お口のトラブルが増える
- むせる
- においや味がよくわからない
- 運動量が減るので粗食がよいと思い込む
- 調理や買い物がおっくうになる
- あまり空腹感がない
- 薬の副作用により、食欲低下や口の渇きが起こる
- 病気をしやすくなる
心身や生活の変化により、食への関心が薄れ、食生活が単調になり、食事の回数や量が減っていきます。
また、一人暮らしや高齢者だけの世帯は外出する機会が減り、運動不足によって食欲がわかなくなります。このような高齢者特有の特徴から、低栄養に陥っていくのです。
低栄養とは、健康な体を維持して日常生活を送るために必要な栄養素がとれていない状態をいいます。とくに不足するのが、エネルギー(カロリー)とタンパク質ですが、鉄や亜鉛、ビタミンAやDなどの脂溶性ビタミンも不足しがちになります。
低栄養が続くと、筋力や筋肉量が減少した状態「サルコペニア」になり、歩くスピードが遅くなる、疲れやすくなる、社会との交流が減るなどの変化が起こります。
こうして活動量が減少するとますます食欲が低下し、低栄養が進むという悪循環に陥ります。
フレイルを放置すると、低栄養、運動不足による筋力低下などが悪循環となって要介護状態になる可能性が大きくなります。
お口の健康維持は介護予防の基本です
大事なことは、ちょっとした変化に早めに気づき、適切な取り組みを行うことです。そうすればフレイルの進行を防ぎ、健康な状態に戻ることができます。とくにお口の健康は栄養状態と密接に関係していますので、介護予防の基本といえるでしょう。
PART1お口の健康と低栄養
血液検査の結果でチェック
フレイルがキーワード
健康診断や人間ドックなどで行った血液検査の結果があれば、早速確認してみましょう。次の3項目が栄養状態をみる指標になります。
項目 |
低栄養傾向の目安 |
- 血清アルブミン値
- アルブミンは血液中の主要なタンパク質です。タンパク質が食事からとれなくなると、筋力や筋肉量が減ってしまいます。
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3.8g/dl以下
3.5g/dl未満はさらに注意 |
- 総コレステロール値
- コレステロールは脂質の一種です。私たちの体の細胞膜やホルモン、胆汁酸などの材料として重要な役割を果たしています。
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150mg/ dl未満 |
- ヘモグロビン値
- ヘモグロビンは貧血の指標です。ヘモグロビンは赤血球の主成分である血色素で、ヘモとは鉄分を意味しています。
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男女ともに11g/dl未満 |
BMI の値でチェック
BMIが表示される体重計が普及していますが、自宅にない場合は、次の式に当てはめて計算してください。BMIが目標値を下回るようであれば、低栄養の可能性があります。フレイルを防ぐために、改善に努めましょう。
BMI=体重(kg)÷〔身長(m)×身長(m)〕
高齢者(65歳以上)が目標とするBMI
21.5 ~ 24.9
65 歳以上の女性の約2割が低栄養傾向!
要介護状態につながる低栄養は、早めに発見して対処することが大切です。栄養状態は、BMI(体格指数)が判断基準になります。
厚生労働省が公表した「国民健康・栄養調査(令和元年)」によると、65歳以上の高齢者の低栄養傾向の割合は、男性12.4%、女性20.7%でした。
PART2高齢者のお口の特徴
食べる力を低下させるお口の変化
お口の変化に早めに気づくことが大切
高齢になると、体のあちこちに痛みが出たり、動きが悪くなったりしますが、この変化はお口にも現れます。
お口は食べることに直結する器官ですからとても重要です。早めに気づき、適切に対処することが大切です。
-
健康な状態
-
高齢者の状態
- 飲み込む力が低下する
- 食べ物を噛んで飲み込む過程には、舌や口のまわりの筋肉が緻密にかかわっています。
この飲み込む力が低下すると、飲食物が誤って気管に入り、むせたり、誤嚥性肺炎を引き起こしたりします。
- 噛む力が弱くなる
- 歯がグラグラしたり、歯の本数が減ったり、入れ歯が合わなかったりすると、やわらかいものばかり選んで食べるようになり、お口の機能はさらに低下します。
- 味覚が衰える
- 舌の表面にある味蕾(味を感じる器官)の数が減り、味を感じにくくなります。
- 嗅覚、視覚が衰える
- 嗅覚や視覚の衰えは、食欲の低下につながります。
- 唾液の量が減る
- 唾液が出にくくなると、飲み込みづらくなったり、むし歯や歯周病、口内炎になりやすくなります。
また、唾液には酵素も含まれており、消化作用に影響を及ぼします。
PART2高齢者のお口の特徴
高齢者に起こりやすいお口のトラブル
歯周病・むし歯
歯周病もむし歯も、細菌(歯周病菌、むし歯菌)によって起こります。高齢期には唾液の減少や入れ歯の汚れなどによって、お口の中で細菌が繁殖し、歯周病やむし歯が発生しやすくなります。
また、歯周病などによって歯ぐきが下がると、歯根が露出します。歯根はむし歯菌に対する抵抗力が弱いため、むし歯になりやすくなります。
「8020」を達成するには、お口の手入れを徹底することが一番大切です。
ドライマウス
高齢になると、噛む力の低下や薬剤の影響などによって唾液の分泌量が減るため、お口が乾く、食事がとりにくい、発音がしにくいなどの症状が現れやすくなります。唾液の分泌を増やすには、よく噛むことです。
唾液の働き
- お口の中の乾燥を防ぐ
- 消化を助ける
- 食べ物を飲み込みやすくする
- 発音をなめらかにする
- 食べかすを洗い流す
- 酸によって溶け出した歯の表面を修復する(再石灰化)
- お口の中の細菌の増殖を抑える
- お口の中のpHを中性に戻し、むし歯の発生を抑制する
- 入れ歯の密着度を高める
歯周病菌やむし歯菌は全身に影響を及ぼす
お口の中の歯周病菌やむし歯菌は、血液によって運ばれ、全身にさまざまな影響を及ぼすことがわかってきました。
誤嚥性肺炎
誤嚥性肺炎とは、食道から胃に送られるはずの食べ物や飲み物、唾液などが、主にお口の中の細菌といっしょに気道内に入ってしまうことで起こる肺炎です。
高齢になるとのどの筋肉が衰え、物を飲み込む機能(嚥下機能)の低下で発生しやすくなります。70歳以上の肺炎患者の7割以上は誤嚥性肺炎※で、今後、
誤嚥性肺炎による死亡者は増加すると考えられています。しかし、誤嚥性肺炎は下のグラフで示されるように、お口の中を清潔にすることで発症リスクの低下が明らかになっています。
要介護高齢者に対する口腔ケアの効果
PART3低栄養を防ごう
低栄養予防のための食事の工夫
低栄養を防ぐ食事のポイント
- ❶食事は1日3回、規則正しく
- 食事を抜くと、1日に必要なエネルギー(カロリー)や栄養素が不足してしまいます。また、規則正しく1日3食とることで、生活のリズムが整い、胃腸の働きもよくなります。
- ❷1日2回以上、主食・主菜・副菜をそろえる
- 1食の中でさまざまな食品をとることで、栄養バランスがよくなります。
- ❸親しい人といっしょに食べる
- できるだけ家族や友人といっしょに食事を楽しむ機会をつくりましょう。
主食・主菜・副菜のそろった献立例
食品群別摂取量の目安
4つの食品群をベースにした1日当たりの目安量です
PART3低栄養を防ごう
健康維持のためのエネルギー必要量とは
エネルギー必要量を求める
エネルギー必要量は、基礎代謝基準値に体重を乗じ、さらにその値に、身体活動レベル(1日当たりの総エネルギー消費量を1日当たりの基礎代謝量で割った指標)を乗じて推定で求めることができます。
推定エネルギー必要量
基礎代謝 × 体重 × 身体活動レベル
高齢期の健康維持
高齢期になると基礎代謝量が低下します。また、身体活動量が少なくなることで、摂取エネルギー量の減少につながります。
その結果、栄養素の不足しやすい食生活になるため、栄養素密度の高い食品を選び、身体活動量にも注意を払わなければなりません。
基礎代謝基準値
年齢(歳) |
男性 (kcal/kg体重/日) |
女性 (kcal/kg体重/日) |
50〜64 |
21.8 |
20.7 |
65〜74 |
21.6 |
20.7 |
75以上 |
21.5 |
20.7 |
タンパク質、脂質、炭水化物の量を決定
エネルギー量が算定されると、エネルギー産生栄養素バランスによって、タンパク質、脂質、炭水化物の量を決定することができます。低栄養にならないようにするためには、とくにタンパク質の摂取を優先的に考える必要があります。
エネルギー産生栄養素バランス(%エネルギー)
筋肉量を維持するのが目的
食事の量が減ると筋肉量が減少して、サルコペニアという状態に陥りやすくなります。サルコペニアになると転倒や骨折のリスクが増し、寝たきりにつながります。筋肉量を維持するには、タンパク質をしっかりとって、運動をすることが大切です。
PART3低栄養を防ごう
筋力低下を防ぐ
動物性タンパク質は必須
タンパク質の中でも、とくに動物性タンパク質の摂取は有効です。毎食、肉か魚をとるようにすることで、筋肉量の維持には大いに役立ちます。
1日にとりたいタンパク質の豊富な食品例
- 豚もも肉
- 60g(鶏もも肉、牛赤身肉)
- 卵
- 1個
- 鮭
- 1切れ(ぶり、あじの干物など)
- 豆腐
- 1/3丁(納豆・1パック)
- 牛乳
- 200ml(ヨーグルト・200g)
噛む力を鍛える食事の工夫
- 少なくとも1品は歯ごたえのあるものに
- 炭水化物(白米のごはん、パン、麺類など)はやわらかいので、あまり噛まずに飲み込めてしまいます。噛む力を低下させないために、肉や食物繊維の多い食材(ごぼう、生のキャベツ、切り干し大根など)をメニューに入れましょう。
- 食材は大きめに切る
- 大きめの食材は、口を大きく開けてよく噛まなければならないため、口のまわりの筋肉が鍛えられます。
- 市販の惣菜を上手にとり入れる
- 食卓がにぎやかになれば、食欲がわきます。また、便利なものを活用すれば欠食を防ぐこともできます。市販の惣菜や冷凍食品、お弁当の宅配などを利用して、食べる力を低下さないようにしましょう。
PART3低栄養を防ごう
自分の歯でしっかり食べるために
歯みがきの目的は歯垢のお掃除
歯みがきが十分にできていないと、歯の表面にネバネバとした歯垢(プラーク)がつきます。この歯垢は歯周病菌やむし歯菌などの細菌のすみか。毎日のケアで、早めに取り除きましょう。
歯垢の中で増殖した細菌は酸や毒素を出し、歯肉を腫れさせたり、歯や歯を支える骨が吸収したりする原因となる。
歯垢は歯みがきで落とせるが、歯石はプロでないと落とせない。歯垢や歯石を落とせば、むし歯を予防し、歯肉の炎症が治まる。
さまざまな口腔ケアグッズ
ハブラシの毛先が届きにくいところは、デンタルフロス(糸ようじ)や歯間ブラシを使いましょう。
- デンタルフロス
-
- ❶歯と歯の間にフロスを入れ、スライドさせながらゆっくり下ろす。
- ❷歯に沿わせて、上下に数回動かす。
- 歯間ブラシ
- 斜めにゆっくりと差し込み、前後に動かす。
歯間のすき間に合ったサイズのものを。
歯間ブラシ
毎食後、入れ歯のお手入れを
入れ歯についた汚れをそのままにしておくと、細菌の温床になり、歯ぐきに炎症が起きる原因になります。入れ歯に歯垢がつくと、残っている歯がむし歯や歯周病になりやすいため、つねに清潔にしておくことが大切です。
-
❶入れ歯をはずして流水で洗い、専用のブラシで軽くこすります。部分入れ歯の場合はクラスプ(バネ)もていねいに。清掃は、毎食後行います。
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❷寝る前は、❶を行った後、入れ歯用保存容器などのケースに入れ、水に浸しておきましょう。入れ歯洗浄剤を使用するときは、容器またはコップに水と洗浄剤を入れ、決められた時間、入れ歯を浸しておきます。
高齢者もフッ素は重要!
年齢を重ねると歯ぐきが下がり、セメント質と呼ばれる弱い部分が露出して、むし歯になりやすくなります。また、治療済みの歯もケアが不十分であれば、再びむし歯になってしまいます。高齢者にも、むし歯予防効果のあるフッ素は重要です。フッ素濃度は高いほうが効果はありますので、1000ppm以上のものを選びましょう。
歯みがき後のすすぎは軽く1回、歯みがき後1~2時間は飲食を控えましょう。寝る前に使用すると、フッ素が歯に長く留まるので効果的です。
(注)インプラントの場合は、歯科医に相談してください。
セルフケアとともに大事なことは、定期的に歯科医院を受診し、健診や歯みがき指導を受けることです。その結果が低栄養を防ぎ、健康的で質の高い生活の実現につながります。
ご存じですか?プロのケア
歯科医院では、セルフケアでは取りきれなかった歯垢や歯石を、専門の器具を用いて取り除きます。これを、PMTC(プロフェッショナル・メカニカル・トゥース・クリーニング)といいます。
ぜひかかりつけ歯科医を決めて、定期的にケアを受けましょう。
入れ歯を調整して快適に
入れ歯に違和感や痛みなどの不具合はありませんか?
入れ歯だから仕方ないと、がまんしたり、あきらめたりせず、歯科医と相談しながら、快適な入れ歯になるように何度も調整してもらいましょう。たとえ「8020」が達成できなくても、入れ歯でしっかり噛めることが大切です。
お口の悩みは気軽に相談を
歯医者さんはむし歯や歯周病以外でも相談にのってくれます。次のような悩みや不安があるときは相談してみましょう。
- 口を開閉するときのあごの痛み
- 噛み具合
- 飲み込みにくさ
- 口内炎
- 口臭
- 味覚や舌の違和感
- 口の渇き(唾液の分泌が少ない)
- 介護が必要な人のお口のケア など
お口のケアでフレイルを防ぐ
新型コロナウイルス感染症対策としての自粛生活が長引いた結果、高齢者の「生活不活発」による健康への影響が心配されています。動かないでいるとフレイルが進み、筋肉量の低下、活動量の減少からますます低栄養になるという悪循環に陥ります。また、抵抗力が低下するため、感染症にかかりやすく、重症化もしやすくなります。
正しい歯みがきとお口まわりのトレーニング、そして1日3食、しっかり噛んで食べることがフレイルを防ぎます。お口の健康を守って、充実した毎日を送りましょう。